獨庵放言録

群れず流されず時代を見つめ続ける老人の、骨太で繊細な風変わりブログ!!!

歌手菅原洋一 普通のこと・普通でないこと

 世の中には日々様々雑多な事柄が望んでも、望まなくても、遠慮会釈なく訪れる。予期せぬ幸運に恵まれることもあれば、予期せぬ不幸に見舞われて途方に暮れることもある。いずれもが当人の意思とは関わりがないので厄介である。出来得ることなら避けて通りたいと願うのが人情だが、そうは問屋が卸さないのが悩ましい。

 普通であることも、普通でないことも「幸不幸」同様だが、少し違うのは当人の努力の余地があることだろう。人の生き方は人それぞれだが、事の大小を問わず努力することを厭わない人が居る一方で、舌を出すのさえ出し惜しみする人も居る。そのどちらがどうこうという話ではなくて、それだけの違いが人生の結果を大きく左右するという話だ。

 普通のことを普通に行っていると言えば聞こえはいいが、裏を返せば特段のことは何もしていないという事であり、結果として得られるものもごくありきたりの普通だ。傑出した結果と呼べるものは凡そ見当たらないだろう。その結果を甘受するか否かも、また人それぞれである。物事は悉く受け止め方と解釈次第で大きく違ってくる。

 普通のことでもそこに「努力」の二文字を加えると、得られる結果はかなり違ったものになる。努力と一口に言っても大小様々あり、その差は時に天地ほどの違いになる場合もある。"当人"のための当事者本位のものもあれば、"他人"のために行う犠牲的精神が加わったものまで千差万別だ。"何もしない自然派"との一番の違いは、「自分の意思で行う」ことだろう。

 物事を自ら行うことの善し悪しは色々あって、一つの例えが「飛んで火に入る夏の虫」である。虫は自ら飛び上がらなければ火に入ることはなく、長く生きられて別の生き方が出来たかも知れないと考えると、その判断と行動が正しかったかどうか疑問符がつく。私たちは無意識のうちに虫を俯瞰するように他人目線で見て判断している。

 自分の人生を考え判断するときに、虫を見るように冷静に醒めた目線で自分を見れるだろうか。そこには少なからず人間感情が入り込んで、公平・中立であるべき基準が曖昧になる。どうしても「自分に都合の良い」依怙贔屓になる。「飛んで火に入る夏の虫」を理屈を連ねて正当化しようとするのが普通だろう。

 普通のことと普通でないことは、"紙一重"の差であったものが気がつくと信じ難い差になって広がっている場合が殆どだ。人間としての生き方に置き換えると、少しの努力のあるなしが途轍もない結果になって現れる。具体例を敢えて挙げれば音楽界の歌手菅原洋一だ。87歳になった今年も新アルバムを出し続けている。

 私は彼が国立音大を卒業して"タンゴの女王"と呼ばれた大御所藤沢嵐子に弟子入りした頃から知っている。我が国音楽界ではタンゴもご多分に漏れず「アルゼンチン・タンゴ」と「コンチネンタル・タンゴ」に二分されていたが、彼はマイナー派の「アルゼンチン・タンゴ」に属していた。決して"陽の当たる主流派"ではなかったのである。

 注目されることも、脚光を浴びることもなかった歌手菅原洋一が、何ゆえポップス界のメジャーになり得たか。長い彼のキャリアを知る人は少ないと思うが、老いて白髪となった彼の背後には世の常識とされることを悉く塗り替えつつ歩んできたその人生が見える。普通のことを普通に行うだけでは決して得られなかったであろう特異な人生である。

 歌手という職業はご存じの如く歌を歌うのが仕事である。言葉で言ってしまえばそれだけのことだが、その当たり前で普通のことを成し得ている歌手がどれほど居ようか。私の主観的判断で申し上げれば我が国音楽界では5指に余る。それほどに普通のことも断じて簡単ではない。況してや普通でない領域に到達するのは、文字通り気が遠くなるほど至難である。

 歌手菅原洋一の生涯に何があっのか詳細を私は知らない。人知れぬ幾多の葛藤があったであろうことは十分窺い知ることが出来る。彼に幸運があったとすれば、それは表現者である歌手という職業であったことだろう。歌は単なる音符の羅列ではない。一音一音に自らの命を吹き込むことが出来るし、人間としての万感を込められるのだ。

 私たちは普段特に意識することなく言葉を話し、日本語を活用している。だけどその言葉がそれぞれに命を与えられて、その命を相手に伝え得ているだろうか。歌も同様である。通常の言葉以上に音階を与えられ表現豊かになって、相手の心に届き響き合っているだろうか。一見簡単に思える歌が歌であることも、そう考えると単純ではないことが分かる。

 現在色々なメディアに登場する音楽と歌手があるが、失礼ながらその中の何人がそのことにお気づきであろうか。音楽が音楽として理解されないまま、粗末な言葉と身振り手振りで歌うことが音楽だと誤解されている世情で、人間が人間らしい本物の歌を歌うことは決して容易ではない。聴く人の心を揺さぶる歌となれば自ずと限定される。

 決して美声ではない声で菅原洋一は歌手という職業を選んだ。そのことの善し悪しを問うつもりは更々ない。それ故の不幸もあったと思うし、それゆえの幸せも若しかしたらあったかも知れない。自ら身に纏う数々の不利な条件を乗り越えて、ただひたすら不器用に音楽を愛し、その音楽と同化しようと努めたに違いない。

 その不器用な純粋性が彼の歌声を形成している。それゆえに87歳の現在も歌声は変わらない。人はそれを驚異的とか常識外れと呼ぶだろう。過去にも長くステージに立って歌い続けた歌手は少なからず居た。けれどもそれらの類例は菅原洋一には当て嵌まらない。他の人たちがご多分に漏れず声質・声量が崩れたのに比べ、今年87歳の菅原洋一は崩れない。

 日頃の地道な小さな努力が長い歳月で増幅され87歳の菅原洋一を支えていると思うが、
歌とは何か、音楽とは何かを、聴き手の心の根底にまで問いかけてくる。派手な装飾は一切なく、むしろシンプルなピアノ伴奏主体の歌の一小節一小節に音楽が息づき、裸の人間が息づいている。多分彼は倒れるまで歌い続けるだろう。

 声高にこれが歌だとは主張せずに、むしろ遠慮がちにそっと歌い続けるだろう。その声がどれだけ大きくても、小さくても、歌声に向き合う全ての人の心を揺さぶるだろう。何故なら、それが本物の歌であり、本物の音楽であるからだ。単なる普通を超えた、普通ではない輝きは失われることがない。