獨庵放言録

群れず流されず時代を見つめ続ける老人の、骨太で繊細な風変わりブログ!!!

秋の足音

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 今年は台風禍で秋の足音に気づく間がなかった。風情を感じる前に長期停電や水害が相次ぎ、何とも味気ない季節の到来となった。それでも慌てふためいているのは人間様だけで、自然は律儀に季節を変えてくれる。人それぞれに良くても悪くても、何気ない表情で季節は変わってゆく。若かりし者にも,老いた者にも、等しく季節は訪れる。

 人間の想いとは別に木々の葉は色づき始めて、晴れた日の青空や白い雲が心なしか高くなった。乾燥を強めた風が肌に冷たいが、時には心地良く感じられることもある。夏の間は薄ぼんやりとしていた遠くの山々が、近づいたかのようにハッキリ見える。遠くのビル群も輪郭が明瞭になった。澄んだ空気に臭いはないが、何故か微かにいい香りがする気がする。

 季節は確実に歩を進めるが自分自身はどうだろうと思うと、何か気恥ずかしいような妙な気分になる。見上げる銀杏の薄黄色と、足元の吹き溜まりにある落ち葉を拾ってみるが、それらは何も答えてはくれない。過ぎ去った時間を留めてそこにあるだけだ。通り過ぎる風は足音を残さない。何事もなかったように、いつも通り吹き抜けていく。

 街に色濃い秋の風情はない。歩く人は何故か足早に、ゆっくり歩くのを忘れたように通り過ぎてゆく。街路樹の下に色づいた樹木の葉が落ちていても、視線を配って気を止める人は居ない。日曜日の午後はざわめく雑踏があるだけだ。色とりどりの服装はそのまま人それぞれの心模様なのだろう。鋭角的になった午後の日差しを浴びている。

 季節に足音はない。なのに聞こえないその足音を感じるのは何故だろう。誰かが呼んでいるわけではないのに、何故か不思議に振り向いてしまう。心に応えるのは無常の風のみだ。秋の陽は落ちるのが早い。未練心を気に掛けず一気に暮れる。夕闇が濃さを増しても、都会の夕暮れは明るいままだ。傷ついて疲れた心も体も、分け隔てなく照らし出す。

 ぎらついた夏の太陽が優しい秋色を纏っても、人の心にはまだ夏が燃え残る。奪い尽くす情熱の趣くまま、赤々と燃え盛る狂気が走っている。ゆっくり過ぎることは決してない。与え尽くし、奪い尽くして、男女の季節は前触れもなく過ぎて終わる。傷ついて痛んだ心に、冷たさを増した風が吹き抜ける。

 秋は人を詩人にする。後戻り出来ない未練が残って、色づいた木々の葉に感情を抱く。長い長い夜に、いつまでも明けようとしない夜に、愛憎こもごもの去った人を想う。山の谺は呼べば返ってくるが、過ぎ去った人間は帰って来ない。澄んだ冷気が忍び寄る夜の静寂の中に、消そうと思っても消えない相手を想う。

 秋の足音は人それぞれだ。足早に聞こえる人もいれば、ゆっくりゆっくりに聞こえる人もいるだろう。そのいずれもそれぞれの秋だ。