獨庵放言録

群れず流されず時代を見つめ続ける老人の、骨太で繊細な風変わりブログ!!!

2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧

NHK土曜ドラマ「サギデカ」

先週土曜日でNHKドラマ「サギデカ」が終了した。近年話題の「振り込め詐欺」を題材にした、最近のNHKには珍しいシリアスな力作だった。こういうドラマも作れる余力がNHKにあったのかと驚かされた、"超珍しいドラマ"であった。 最近の公共放送NHKは、何故か理…

ブログを書く阿呆と見る阿呆

現代はSNSが全盛である。「ツイーター」に代表される短文発信がスマホで簡単にできる。インターネットが普及し始めた初期の頃から、無料で利用できるメールが急速に広がった。携帯電話で利用するために定型化された用途別のパターンが出来上がって、若年世代…

ルールとマナー

先日久しぶりに会う旧友と連れだって隣町の大型商業ビルにある喫茶店へ入った。我が老妻も一緒なので当方は3人組である。三連休の祝日だったので街はどこも混雑していた。私たちが入った店も混んでいたが、運良くすぐ着席できた。案内された席の隣テーブルに…

秋桜便り

日本の四季を代表する風景の一つ「秋桜」の季節になった。私は元来日本語に愛着と拘りが強いので、「コスモス」とは書かず必ず「秋桜」と書く。"コスモス"と書くと何やら日本の風景と違うと感じて、違和感が否めないのである。 「秋桜」には人生の転換点とな…

スマホとテレビ

生き長らえて現代を生きている高齢者の眼には奇妙に映る現象が数多くあるが、中でも代表的なものがスマホとテレビだろう。スマホについては改めて言うまでもなく、現代生活の必需品であるらしい。老いも若きも電車やバスの中など、ところ構わず小さな画面に…

夫婦の妙と食事

世には色々様々な夫婦がいる。老いも若きも文字通り「百花繚乱」である。我が家は79歳と78歳の"くたびれ老夫婦"だが、現在のところ幸か不幸か元気である。55年を共に過ごしたので、世間で言う「エメラルド婚」に相当する。振り返らずとも感慨は色々あるが、…

お彼岸あれこれ

秋のお彼岸である。昨今はご存じない方々が多いようなので、蛇足ながら申し添えると20日(金)がお彼岸の入りで、26日(木)がお彼岸開けである。仏教的な要因はさて置いて、日本人の多くはこの極めて仏教的である年中行事を抵抗感なく受け入れている。お盆同様…

東京都のカラス禍

最近になって急増したわけではないが、東京都内のカラスは異常に多い。石原都政の時代には「捕獲大作戦」が実施されたが、石原都知事の引退で尻すぼみになり、いつの間にかドサクサに紛れて立ち消えになってしまった。東京は街にゴミがない"清潔で治安の良い…

今年も元気!! 鈴虫合唱団

鈴虫さんが元気だ。今年も8月下旬から徐々に鳴き始め、9月の声を聞くと一段と賑やかにかしましく"揃い踏み"を始めた。例年のこととは言え、2度の癌手術を終えた昨年は次々に現れる初体験の後遺症に悩まされ、折角の「鈴虫さんの大合唱」も殆ど耳に届かなかっ…

川端康成が絶賛した孤高の書人 遊記山人

明治24年広島県生れ。平成4年没101歳。大正4年中国上海・東亜同文書院卒。商社マンとして高級葉たばこ買い付けのため中国大陸各地を巡り歩き、その過程で清朝時代を代表する文人・墨客と交流を深める。大正9年外務省情報部に嘱託(現在の顧問)として招請され…

千葉県の停電被害

世に常識とされるものに怪しいものが少なくない。テレビで眼にする千葉県内の台風による停電被害もその一つであるように思う。「自然災害」という言葉が多用されて頻繁に登場するが、この停電被害を「自然災害」と呼ぶのは余りに無責任ではないかとの疑問が…

安倍政権の顔ぶれ

長いので第何次だか数えるのは止めた。いずれにせよ毎度お馴染みの安倍政権である。今次も相変わらずの"順送り"だと思っていたら、一つだけ違っていた。言わずと知れた小泉進次郎の初入閣である。長期低落傾向に歯止めが掛からなくなり、海外のドタバタ騒ぎ…

膵臓癌闘病記

タイトルは「膵臓癌闘病記」としたが、私は末期の肺癌患者でもある。現在は誰しもが目を疑うほどに元気だが、2年前のこの季節には他人に言われる前に自分自身で死を覚悟していた。肺癌・膵臓癌共に現在も2ヶ月毎に術後検診を受けている。大学病院へ行くたびに…

何気ない日の何気ない夕焼け

取り分けの起伏もなく淡々と過ぎていく毎日の中で、ふと思いがけない出来事や現象に出くわすと何やらちょっぴり"得した気分"になり、少しだけ幸せを実感する。人間の幸せって何だろうと考えると、際限のない無限の荒野を彷徨うが如き心境になるが、難しく考…

黄金の70年代

このタイトルを見て興味と関心をお持ちになった方は、申し訳ないが紛れもなく70歳以上の高齢者だろう。筆者自身が正真正銘の高齢者で、個人的事情から昭和45年に(1970)に東京の音楽シーンに直接関わり合うことになった人間であるからだ。当時を知る世代は年…

祭りの後先

日本人は古来お祭りを大切にしてきた。決して楽ではなかった日々の生活の中で、節目節目にやって来る祭りは重要な年中行事であった。民俗史を紐解くまでもなく、生活習慣から生まれた日本の祭りは本来生活の一部であった。盆正月と同様の欠かすことが出来な…

蝉さんの命の終わり

丘の上の高層8階の我が家のベランダで、一匹の蝉さんが仰向けになっていた。夏の終わりに多く見られる「荘厳な命のシンフォニー」だと思ったが、誰にも看取られずに命を終える蝉さんに哀れを感じて暫く見つめた。知らず知らず胸の奥が熱くなり、物静かなフォ…

仏像の微笑み(ほほえみ)

私のブログには「微笑仏」が張り付いている。好むと好まざるとに関わらず眼にせねばならない。画像に使用しているのは中国の古代発掘仏である。制作された年代については研究者によって見解が諸説ある。申し訳ないが私はそれらの見解を殆ど重用しない。間違…

日本人の弔い

改めて申し上げるまでもない「高齢化社会」である。前後左右どちらを向いても高齢者が眼につく。そう言う自分もまた純然たる高齢者である。高齢化社会は好むと好まざるとに関わらず、人の「死」と向き合わざるを得ない。誰しもに訪れる"招かざる客"だ。当事…