獨庵放言録

群れず流されず時代を見つめ続ける老人の、骨太で繊細な風変わりブログ!!!

介護ベット

 人間世界は色々様々なことに彩られているが、時々世にも不思議なことに出食わす。改めて生きていることの素晴らしさを噛み締めざるを得ない。一見無為に過ぎていくように感じられる日々も、少し視点を変えてみれば思いがけない感動に出会えるだろう。折角のその機会を気づかずに見過ごしてしまうのは、誠にもって勿体ない。

 数日前に老妻殿の寝室にベットが入った。齢80にして布団の上げ下げが困難になり、本年早々から"万年床"を余儀なくされていた。そこへベットが入っただけの単純な話であるが、そのベットが購入価格40~50万円の電動介護ベットである。入院生活を体験された方ならどなたもご存じの、病院で使われている"あれ"である。

 全国の病院で使われているプラスチック製より、更に高級仕様の木製だから驚きである。かく申す私自身同種のものを使用中だが、それは重症の再発癌患者ゆえの介護策として介護保険で賄われているものだ。通院が困難な訪問診療受診者の自宅療養を支えようとの配慮である。我が老妻殿には重篤と認められる病気はない。

 老妻殿は脊椎と腰椎に骨の異常があり、それに由来する痛みが出て整形外科と消化器内科へ通院しているが、重病人とは程遠い。それが私同様の電動介護ベットを使用することになったのだから驚き・桃の木である。無論介護保険は適用されないから自費購入である。百歩譲ってそこまでは一応理解したにしても、さぞ高額の支払いになるであろうと予想するのが人情である。

 ところがである。月々の支払いは1,000円だというから驚きである。どう計算しても、どう考えても、辻褄が合わない話に呆気にとられたが、私の驚きをよそにケアマネージャー同席の下で老妻殿の電動介護ベットは搬入・設置された。紛れもなく私が使用中のものと同種のピカピカの新品である。実際に契約書を見させて貰ったが、間違いなく支払額は月額1,000円と記載されていた。

 ケアマネージャーと納入業者の双方に説明を求めたが、私の予想通り「採算割れ事業」であるという。世を挙げての高齢化社会を見据え、遠くない機会に高齢者誰しもがお世話にならざるを得なくなる介護・福祉用具を、その時に備えての先行投資であるという。介護保険が適用になった時点に遡って請求することで、採算ベースに乗せるという気が長い話であった。

 世は利益最優先の市場経済主義社会である。世知辛いご時世に見合わぬ気が長い話に驚くと共に、奇特な御仁と奇特な事業所が実際に存在しているのに感動した。こうした現実を目の当たりにすると、日頃嘆くことが多い人間社会を改めて見直さねばという気になる。人間の善意と悪意は底知れないとつくづく思う。

 信じ合えるという当たり前だったことが、グローバル化の美名の下で日本社会から遠ざかった。表面では信じ合う顔をして、その裏で何となく胡散臭さを感じざるを得ないのが現代社会である。そのご時世に理想の旗を掲げて骨身を惜しまず努力している人たちが大勢居る。「使命感」という言葉が生きて存在していることが無性に嬉しかった。

 齢80の老々夫婦は四方に手を合わせながら合掌する日々になった。どう頑張っても、どう努力しても、実現できなかった日常の些細なことが変化した。生きているって何と素晴らしいのだろうと、日々実感しながら明け暮れている。