獨庵放言録

群れず流されず時代を見つめ続ける老人の、骨太で繊細な風変わりブログ!!!

アンバランス社会

 現在の世の中は居心地が良いようで、必ずしも居心地が良いとは言えない妙な世の中である。連日アメリカ大統領選挙の続報がテレビで伝えられているが、世界の最先進国とは思えない光景が目に映る。身近な我が国の政治状況を見ても、世界の先進国に列挙される国とは思えない事柄が数多い。

 先日読んだネット情報で先進国の保守化云々が書かれていたが、最早誰の目にもそれは明らかだ。少し前の時代までは光り輝いていた人間社会の理想がしおれた花の風情と化した現在は、市場経済の利益追求のみが唯一無二の正義と真実として輝いている。民主主義の疲労感が濃厚で、それに代わるべき主義・主張が見当たらない悲惨な時代とも言える。

 そんな国難や各種の難儀が目白押しの状態にあるので、我が国のみならず世界の国々に目を転じても「理想」や「希望」を見つけるのは容易ではない。ドナルド・トランプがアメリカ大統領に当選して驚いたのは4年前だが、我が国はというと永久に続くと予想された安倍前総理の突然の辞意表明で、保守政権の看板の付け替えが行われただけだ。中身は何も変わらない。

 我が国の政治局面に一昔、二昔前までは、「保守と革新」という言葉があった。その言葉が色褪せて使われなくなって久しいが、現実の世の中は「古くて新しい保守」と、「新しくて古い革新」とに大別されている。保守一強ともいうべき政治体制が築かれ、革新を担う野党勢力は10年一昔相変わらずの同道巡りを繰り返している。お世辞にも新しくて民主的とは言い難いのが我が国の野党だ。

 無風状態で何も変わらず、変わろうとしない我が国政局を見るにつけ、善し悪しは別としてアメリカが羨ましくなる。主義・主張のみならず政策が異なる対立候補が居て、その基盤を成す政党が存在する。我が国の政党はといえばご都合主義の与党と、野党は一向に腰が定まらない浮き草か、カビが生えているイデオロギーを振りかざす恥知らずである。

 ご都合主義の保守政党が如何なる横暴を繰り広げようと、口先だけの野党に阻止するパワーはない。ゆえに何をやろうと勝手気ままな与党保守勢力の自由天下である。硬直化して岩盤の如き様相の我が国政局に関心を持つ国民は殆ど居らず、選挙に出向くのは宗教政党の万年支持者か暇で元気な高齢者だ。"変わらぬ政治"を望んで"変わらぬ投票"をするお飾りセレモニーになっている。

 野党に期待する有権者は殆ど居らず、野党票は何ら活動をしない労働団体に属する労働者票と、100年前のマルクスレーニン主義を未だに標榜する共産主義夢想者層だ。凡そ地に足が着いているとは思えない、実効性が乏しい非現実票である。国民が何を期待し、何を望んでいるかに応えようとしない点では傑出しているが、その点でも民主主義が機能しているとは到底思えない。

 アンバランス化した社会現象は世界に類例を持つが、民主主義の本家ともいうべきアメリカ社会でも、大資本や富裕層を足場にする共和党を衰退産業の労働者が支持する"新保守層"が出現して、凶暴な利己主義のトランプ政権が4年前に登場した。さすがに"低脳政策"が継続されることなく終焉を迎えたが、"正気の民主主義"が生存しているのを大統領選で証明した。

 国民が動けば政治も動くことを示して余りあるアメリカ社会の正義が眩しい。どこをどう探しても我が国政治には見当たらない。国民の側にも共通している。口先で批判はしても、実際の行動で政治を変えようとの意思を持つ国民は一握りだ。それ以外の国民の大多数は、世の中の流れを横目に見て同調する"浮き草野党"と同類だ。政治が自分事であるとの認識を欠くのが、残念ながら実態である。

 良きにつけ悪しきにつけその国の政治はその国状を示している。国民意識の高低を如実に示している。人類社会の理想とされたマルクスレーニン主義が様変わりしたのは随分前だが、以来人間社会を牽引するイデオロギーが消滅した。民主主義は衰退の一途を辿って、必ずしも民主的とは言い難い「市場経済」が君臨している。人間本来の品性が失われて、形振り構わぬ金儲けがグローバル主義だと讃えられている。

 人間の良心と歴史の歯車が狂いだして、カネのパワーだけが突出して地球上を闊歩している趣だ。この時代を我が物顔で謳歌する人の傍らで、拡大一途の格差社会に取り残されている人々が居る。自由で平等を理想とする人間社会はどこで道を間違えたのか判らないが、その理想像や希望像と極端に乖離する方向へ走り出している。多くの人は気づいているが、本気で軌道修正しようと取り組む人は居ない。

 この時代が居心地の良い時代か否かは、人それぞれの認識の違いによって大きく異なると思うが、居心地が悪い不幸な時代だと認識せねばならないのはそれこそが不幸である。人間誰しも悲しい思いや苦労をするために生まれ来ては居ない。一人一人のその思いを汲み上げて具現化するのが民主主義であり、そこに政治本来の役割がある。その原点を顧みれば、何が必要で何をすべきかが自ずと判明する。

 何かが狂ってバランスを欠いた社会は居心地が悪い。病人高齢者は残り僅かな余生を、せめて邪念なく過ごしたいものだと願っている。