獨庵放言録

群れず流されず時代を見つめ続ける老人の、骨太で繊細な風変わりブログ!!!

老人日記(11)前立腺肥大

 高齢者の日常は色々な種類の病気との付き合いに始まり、それに終わる観が強い。長年付き合っている"古女房"同様の持病の他に、時に妖しげな生々しさを伴う新種の病気の訪問を受ける。現実の女性であったならと考えると少なからぬ期待感も持てるが、実際の病気はそんな"生やさしいもの"ではない。

 突然「血尿」が出て排尿が困難になった。尿意を感じるのとほぼ同時に激痛が始まり、トイレに居る時間が長くなる。僅かな量の尿が出るのみで、尿意が持続したまま激痛と相まみえることになる。赤く染まった便器を見やりながら、いつ終わるとも知れない激しい尿意と痛みとの戦いになる。

 「前立腺肥大症」という男性特有の病気は昔体験した。約20年前に今回同様の症状が出て大量の「血尿」に見舞われた。何もせずとも自然に体が「くの字」に折れ曲がるほど激しい痛みが、当初段階は排尿と共に収束したが、症状が進行するに連れて排尿後も持続した。結果的に内視鏡手術を受けて全快したが、20数年を経てまた同じ症状の再発だ。

 ただ違う点は、今回は「肺癌」と「膵臓癌」の術後に軽い「尿毒症」症状が出て、その治療として前立腺を萎縮させて排尿を助ける薬と、頻尿を緩和する薬が処方されていたことだ。尿の出が悪かったので排尿を助ける薬を倍量に強化して、更に膀胱内に長く尿が蓄えられることで発生する細菌を一掃するために抗生物質も服用した。

 いずれも長い闘病生活で得た知見と、処方の変更に伴って不使用分の薬剤が手元に残っていたことが幸いした。世に"素人療法は怪我の元"と言われるが、年季が入った"素人療法"は時に役立つ場合もある。全身に広がった「蕁麻疹」を激化させるとして途中で急遽使用が中止された"頻尿"の貼り薬も、大いに貢献してくれた。

 病院へ行かずに症状が治まる例はこれまでも何度か体験しているが、重要なことは症状が治まったからといってそのまま放置せぬ事である。後日必ず医師に相談して自己流の処置に誤りがなかったかどうかを確認することだ。その習慣が身につけば、長い人生で突発事態に慌てふためくことが減るだろう。「先手必勝」である。

 病気は多くの場合予期せぬ時に予期せぬ状態で突然訪れる。戸惑いが平常心を奪い、誰しもが少なからず慌てる羽目になる。事前に準備しておくことは凡そ不可能でも、「転ばぬ先の杖」程度の備えは出来るだろう。その少しの違いが、いざ事が起きた際に予想以上の大きな違いになるようだ。ついでに言えば「亀の甲より年の功」という言葉もある。