獨庵放言録

群れず流されず時代を見つめ続ける老人の、骨太で繊細な風変わりブログ!!!

麺の涼味

 連日の猛暑はいい加減うんざりだが、せめてもの涼味を求めるには麺がいい。氷菓は一過性のため一瞬で消え去るが、お馴染みの夏の定番「冷やし中華」を始め盛り蕎麦などの日本蕎麦、伝統のそうめん等々は健在だ。5月頃から我が家の朝は麺類と決まっている。出されるものを何気なく食しているが、改めて見直すと結構多彩である。

 関東人は概して蕎麦好きが多いが、別けても「江戸っ子」と呼ばれる人種には"蕎麦狂い"の類いが少なくない。粋でいなせな気質とさっぱりした人間性には、不思議に細く切られた蕎麦が似合う。浅草や神田のお祭り以外では目にすることがなくなった「江戸っ子気質」だが、時代が激しく変わっても深く静かに潜行して健在だ。

 昔から江戸の街では寿司屋とそば屋は潰れないと言われてきた。伝統的に商圏の棲み分けが守られて、分厚い儲けが保証されてきた。千円売れば6割が利益とされた寿司屋に代表されるように、損得を考えなくても"粋でいなせに"商売していれば繁盛したのである。その気風を市場経済の現代に求めるのは無理があるが、大量の盛り蕎麦を重ねて腕で支えた自転車の"出前風景"が街から消えた。

 市場原理に飲み込まれて変わった蕎麦屋の風情だが、暑い夏になるとやはりその暖簾を潜りたくなる。但し、江戸庶民の空腹を支えた蕎麦が、今や日本料理の高級品の一端を担っている。値段がべらぼうに高い。手打ちだの石臼引きだのと能書きが添えられ、原材料とだし汁だけにしては滅法高い。そして更に本音を言えば、値段と味が一致していない。

 細く長い形が似てはいるが、蕎麦と饂飩は別物だ。原料が違うのは誰しも知っているが、その背景にある文化の違いに思いを致す方がどれほど居ようか。難しい理屈を考えなくても、喉を通る冷たい食感は万人を癒やす。最近の傾向は乾麺の製造技術が飛躍的に進歩して、蕎麦と饂飩それぞれの「生麺」を凌駕する品が増えている。

 乾麺を代表するのが有名になった秋田の稲庭うどんで、茹で上がりの透き通るような品質と風情は他を圧倒する。すべてが乾麺で、「生麺」が主力のうどん王国「讃岐うどん」を引き離している。これに似た現象を蕎麦でも見掛けるようになった。蕎麦で有名な信州小諸に居を構える「小諸七兵衛」である。

 我が家の朝の定番の一つになった「小諸七兵衛」は、レギュラーの他に超細切りの白い「更級」がある。量産品の機械製麺でここまでの品質を生み出した熱意に感服するが、何も具を添えない盛り蕎麦を名だたる老舗蕎麦屋のご主人に食べさせ、是非その感想をお聞きしたいものだと思う。ご自分の店で出している蕎麦は何だろうと考え込まざるを得ないだろう。

 そば粉が8割でつなぎが2割の「二八そば」は江戸時代まではそれが普通で、一番安い食べ物として庶民の胃袋を満たしてきた。それが今や乾麺でも「二八そば」は高級品で、値段も他の製品より高い。その理由も是非老舗のご主人に伺いたいが、何やら訳が分からぬ食べ物に化けている気がする。そんなことなどを思うと猛暑が更に暑く感じられて、夏の涼味どころではなくなる。

 最近は少し注意して探すと、全国の珍しい麺類をスーパーの店頭で見つけるのも容易だ。私が気に入って頻繁に食している越後名物の「へきそば」は海産物の布海苔をつなぎに使っていて、つるつるとした食感と仄かな磯の香りが楽しめて美味しい。山芋をつなぎにしている蕎麦は各種あって、同じようで居て微妙に違う味が楽しめる。そのいずれにもそれぞれの山里の暮らしがあって、素朴な蕎麦の味に風味を添えたものである。

 名前は「冷やし中華」でも、日本生まれの庶民の味は現在もなお健在だ。善し悪しは別としてバラエティー豊かになって、昔ながらの定番から大きなエビやカニなどの海鮮を盛り付けた高級品まで登場している。元気で自由に外出できた頃は、色々な店の色々な「冷やし中華」を食べ歩くのが夏の楽しみでもあった。冷房が効いた小綺麗な店から、入口を開け放った暑い小さな店まで、実によく食べ歩いた。

 関東人には元々馴染みが薄かったうどんも、近年は讃岐うどんの全国チェーンの展開などで親しみやすいものになった。主流は圧倒的に「生麺」で、細いものから極太のものまで多種多彩だ。関西風の昆布だしと関東風の鰹だしが知られるが、そのネーミングは時代と共に意味が薄れてきている。とちらであろうと好き好きで食べればいいだけの話で、野暮な拘りは風味を損なう。

 食は人間生活の基本を成す文化である。それぞれの風土と暮らしの中で育まれてきた長い歴史がある。地球温暖化の異常気象で細長い日本列島も、北の北海道から南の沖縄まで大差ない猛暑である。頭がクラクラする暑さの中で、冷たく冷やした細長い麺をすすろう。舌が喜び、喉が喜び、体全体が喜ぶ。気持ちまでリフレッシュできること請け合いだ。

 播州そうめんも旨いが、紀州和歌山の南高梅が入った「梅そうめん」も旨い。独特の酸味の効いただし汁がついた「梅うどん」も旨い。なぜか値段か安い長崎の島原そうめんも捨て難い。京都の味、奈良の味の古都や、伊勢や金沢の味も忘れ難い。豪華である必要はなく、暑さを忘れさせてくれる涼味が身上だ。明日はどんな麺が登場するか、猛暑の日々の精々の楽しみである。